アナタハ シリタイ デスカ?
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ヱヴァンゲリヲンQはDVDで観ようかなと考えている

エヴァンゲリオンTV版エンディング 前シリーズ劇場版を通して 自分が感じた 読み取れたもの
それらの暗喩が ヱヴァには感じられなかったので 乗らないでいいかなと
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戦後社会と 父性を欠いた家庭と オタクというものは密接につながっている
小児期のトラウマを引きずったまま 病的なほどに承認欲求に囚われた主人公たち
そんな子供たちを 使うだけで 大人としての温かみを誰も提供せず 論評するのみの周囲の大人たち
世界の危機を前にしても
そして世界の危機そっちのけで 内的世界にシフトする物語と カメラ

そしてそれらを違和感なく受け入れた 視聴者ら

この心性と それを描くための構成は アメリカでは 発想できなかっただろう
日本だから生まれた作品だ


そんな日本に 人類最後の砦があって 世界の行く末を決めることになる
 
 黙示録である
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TV、劇場エヴァで 庵野監督が表現したそれらに 俺は 異常な興奮を覚えたのだが


両エンディングに対して 
抗議をするかのように インターネット掲示板に
監督の恣意的自慰行為だと 揶揄したり 侮蔑の書き込みをする者らもいた


彼らにとっては キャラとロボットと設定が気に入って 演出がよかったから 面白いアニメだったのだろう

監督が織り込んだ 織り込ませられたものは 彼らにとっては夾雑物でしかないのだろう

しかし 俺は 監督を動かしていた創作の神が 暗に示そうとした 
“なにか”込みで エヴァにおもしろさを感じた。

いや むしろ “なにか”を示すために 作られたエヴァというアーキテクチャーの捕食の手段が面白さだったのだ 


大半の人は
自分が何に心を奪われていたのかわからないまま 熱狂するものだと思う。
そして
最初見たものと同じものが動いていれば 同じものと認識するのだと思う。

でも俺は
ヱヴァに“なにか”が入っているようには見えなかった


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18:29 2012/07/04

●いじめと 自殺問題 

いじめが発生することは 
異常で特殊で考えられないようなありえないことではなく

大人の世界でも 普通にあることだから

いくら教師だからって 絶対に発生しないように出来るものでもないし

現実的な話として 起こってからの対処しか 出来るものではない


だからこそ

多数派に回って 得意げな顔して虐めてくるような奴は バカなんだと思って 

いじめられる 自分に非があるなどと考えるな と

いざとなれば 学校なんて行かなくてもいい と

学校が変わってしまえば まるで何ごともなかったかのように 解決したりするものなのだから

死なないで と 

いじめる側の くだらない数の論理などに 貴方が合わせることなどないのだ と

説くことぐらいしか 起こる前にできることは そんなにない と思う



しかし 社会というか メッセージを出せる側の立場のものに

数など気にするなと 

愛なく だれも幸せにしない 民主主義など 尊重する価値はないと

気づいて 説ける人が いなかった。

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大きな枠での精神性というのは、その社会の無意識の関係性のありようをあらわしているのではないか。

集団にとって都合の悪い存在をハブにされるように根回しして、
論理を無視した今現在の数の都合で物事を動かそうとする。
そういう 日本のムラ社会的 集合無意識の構造が反映された
「いじめられた側が悪い」 というような空気を 残したまま 
いじめ自殺問題を 語ろうとするから 
識者のその言葉の中に空辣さだけを色濃く感じるのだ。


思いついてから ここに書くまでに4ヶ月も間が空いてしまったが、これからも起こりうる話なので記しておく。
魂の原理を用いて 宗教を装った集団ではない 本当の宗教

本当の宗教の目的とは 

約束の時の到来を待つ間 

子々孫々 子どもたちが道に迷わないための 

指針を示したものではないのか



それまでの間の 霊的存在らとのお約束的交流を認めたまでだ

霊的存在の奴隷となるために 真理から遠ざかるために 宗教があるのではない
これから書く予定の話は長い話になる

常人の意識と体験で理解できる話ではないので他者には話していない。
霊能者と言われる人らにも見てもらったりしたが、
的を射ない診断ばかりだった。
理解者・共有者のいない中での悪戦苦闘だった。
(妨害者は自分の内側に確たるものとして存在していたのに。)


たとえ友人であろうと、もしも、常人に話せば「病院に行こう」と
戸惑いと哀れみを込めた目で説得されるだけであろうという数限りない超常体験を通し、自分が置かれている状況の構造に対して仮説を立て続けてきた。

そしてそれはブラックボックス、神秘とされていた世界の構造にメスを入れる作業でもあった。

人間の意識・精神というものは
自我と呼んでいる自分自身と
無意識と呼ばれている居候的な霊魂で
成り立っています。

自分という会社は
グループでの共同運営なんですね。

かつての精神分裂病、
今の呼び名で統合失調症というのは
そのものずばりをあらわしているんです。

「チーム自分」のメンバーの一人(か数人)が
ストライキをおこした状態だと考えてみてください。

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